広島に原爆が投下されてから今年で65年を迎えた。つい数年前までは私にとって原爆は身近なものでは無かった。

しかし3年程前に、義母のお姉さん(おばさん)から、義母のお父さんは原爆投下直後の広島で救援活動をしていたことを聞いた。奇跡的に、後々放射能の影響は無かったらしいが、ひと言も広島で見たことは話さなかったという。

同様の話を以前、私の知人からも聞いたことがある。戦時中、その知人のお父さんの任務は戦友である仲間の特攻隊と共に飛び立ってその戦果を記録し報告することだったらしい。
やはり、戦後においても特攻の話は一切話してくれなかったという。

お二方の精神的な苦痛は想像を絶するものだったに違いない。

相対することすら馬鹿げているとは思うが、8月は余りにも平和ボケしている自分を律する季節になった。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充