安城建築
ご予約フォーム

Blog
社長日記

月別アーカイブ:2007年10月

日記を読み返す

2007.10.15

日記を読み返してみると、何だか凄くいいひとになっているではないか!と思った。

日記に書いてあることは嘘では有りませんが、正直いい加減な部分もあります。

人は皆、自分の中に納得出来ない部分と、自分自身に酔いしれてしまう程愛おしい部分が同居している様に思います。両方合わせて自分ですから、それでいいのでは?と思っております。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

赤福に思うこと

2007.10.14

「老舗の赤福までもかぁ〜!」と思った。

老舗の経営者は歯車であると思う。もし、真の使命感を持った経営者だったとしたら最大の歓びは安定経営である。その逆に最大の痛みは先代が積み上げてきた信用の失墜と次世代にバトンタッチが出来ないことだと思う。

金儲けが悪いということでは無いが、赤福の社長は何を手に入たかったのだろうか?
既にお金で手に入れられる物は全て手にしていただろうが、
最後まで『物質的な豊かさが、成功の証』だと思っていたのだろうか?
物質的なものは瞬間的には優越感に浸れる。しかし決して心は満たされない。
どうしてそれが解らないのだろうと実に不思議に思った。

そして、信頼を裏切られた消費者以上に、赤福で働くことを誇りにして今まで共にやって来た社員とその家族はとても悲しく思っているだろう。

私が幼い頃、曾お婆さんが言っていたことを思い出した。「御天道様(おてんとうさま)が見ているよ」

伊勢神宮の目の前である赤福は30年間も悪事をしていながら、神のお膝元ということで神様も特別に見守りながらも様々なシグナル(不二家やミートホープ)を出し続けくれていた。しかし、そんな神様からのシグナルに赤福は気付けなかった。失敗や過ちは誰にでもあると思う。しかし、後からバレルことと、正直に話すとでは天地の違いがある。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

サブプライムローン

2007.10.13

少し前に米国のサブプライムローン(米国における住宅ローン)の破綻が増えていることが日本でも報じられた。日本国民の多くは、過去のバブルと同様の現象が米国でも起こったと思っているだろう。しかし、その実情が日本とは大きく異なっていることを知らない。

米国では住宅ローン返済が出来なくなった場合、住宅を差し押さえられるがそれで全て終わる。それ以上の返済義務は生じない。

その理由は、金融機関が住宅そのものの価値に対して貸し付け額を決定している為である。住宅会社がその住宅の価値以上の不当な価格を付けて販売しても通用しない。

以前にもお伝えしたが住宅の価値は、販売価格ではなくマーケットが決める。要するに「多くの消費者がこんな家なら暮らしてみたい」そう思える住宅でなければ当然のように価値は下落することが十分予想される為である。

一方日本では、住宅を差し押さえられたあげく膨大な債務も残る。その理由は、金融機関が住宅そのものに対しての価値では無く、消費者の支払い能力に対しての貸し付の為である。しかし近年、国や金融機関の予想に反し支払い能力を超えた貸し付けをおこなってきた為に自己破産がする消費者が激増したのである。

生臭い話しではあるが日本では、借り入れをする際、必ず団体信用保険に強制的に加入させられることを考えると、国や金融機関は「万が一の時は、自己破産すれば家も土地も無くなります。しかし、命を代償にすれば、家は家族に残りますよ」と小声で囁いているのと同様である。実は米国住宅ローン破綻より日本の住宅破綻の方が極めて深刻な問題なのである。

我々ビルダーの責務として、50年後も保存活動が起こるような住宅を消費者の適正な支払い能力以内でつくることにある。「こんな家なら暮らしてみたい」そう思える家なら、高値で貸したり、売却することも可能である。折角家をつくるなら、万が一の時には人生がやり直せることが可能な家の方がいい。

工務店はいい家をつくることが目的では無く、そこに暮らす家族が「豊かな人生だった」(「豊かな人生」とは物質的な豊かさでは無く、「こころの豊かさ」)と感じて頂くことが最終目的であり、そこに我々の様な地域ビルダー(工務店)の存在価値があると思う。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

なくてはならないガソリンスタンド

2007.10.12

一年程前のことだが、会社の車の給油をしていたガソリンスタンドがセルフ化し、スタンドを変えることにした。近くには地域一番安売りで口コミされているスタンドともう一店舗は単価を全く表示していないスタンドがあり、両方のスタンドで給油して比較しようと考えた。

その結果、当然だがガソリンの単価を表示していない方が高かった。

しかし、息子の言葉で単価の高いガソリンスタンドで全車両を給油することに決めた。

そのスタンドの前の歩道は通学路。息子が言った。

(弟)「あのスタンドに学校へ行く時も帰って来る時も話し掛けてくるおじさんがいるよ!」

(兄)「いるいる!いつも大きな声で話し掛けてくるおじさん!」

ガソリンスタンドとしての機能だけでは無く、地域のこども達を見守ってくれていたスタンド。(元気な声と笑顔で子供たちに声をかけてくれます!)このスタンドで給油したいと思った。このスタンドは地域に無くてはならない存在である。当然だが、このスタンドはいつもお客が多い。

今日の出来事である。洗車が終わり、若いスタッフが仕上にタイヤワックスを掛けながら、「新車みたいになった!」と実に嬉しそうに言った。彼は実に楽しみながら仕事をしていた。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

引退の日 (続編)

2007.10.10

佐々岡の引退試合で感動し、8年程前の感動体験を思い出した。

それはデルタ航空での名古屋からポートランドまでのフライト。

搭乗した際、既に機内では映画が始まっていた。「いつもは離陸した後に始まるのに・・・?」その映画は、結婚式での新郎新婦の生い立ちを映し出している様にある人の人生を映し出していた。暫くして機内放送によりその意味がわかった。

この映画の主人公は、なんとこの機の機長であり、今回のフライトが機長のラストフライトだという。そしてお孫さん始め家族が搭乗しているとアナウンスがあった。勿論この様なラストフライトに遭遇したのは初めての経験であり、いつもとは全く違う感情の高ぶりがあった。

水平飛行になると、可愛い機長のお孫さんが乗客全員に「おじいさんのラストフライトに搭乗してくれてありがとう」キャンディを配ってくれた。正直いってこれにはやられた。

そして、いよいよポートランド国際空港への着陸態勢に入る。多分、私同様乗客全員が機長の思いを共有していたであろう。人生最後の着陸。操縦桿を握る機長の緊張感がストレートに私にも伝わって来る。乗客全員が息を呑んだ。

その着陸のその瞬間、私が今までに経験した百数十回のフライト体験のなかで最高の着陸であり、いつ車輪が滑走路に着いたかが分からなかった程の神業的な着陸だった。全車輪が滑走路に着くと乗客全員から割れんばかりの拍手が巻き起こり、感動して涙する人さえも居た。

搭乗ブリッジが機体に寄せられドアが開く。搭乗口には機長を始め家族が一列に並んで乗客にお礼を伝えていた。私が「best landing!! I am very exciting」と伝えると、機長は満面の笑顔になった。この様な実に貴重且つ感動する経験ができたことに感謝している。

帰国後、新幹線に乗車すると時折思うことがある。これだけ新幹線が走っていれば、今日この列車の運転士ももしかしたら退職の日かもしれないと。感動を得ることが極端に少なくなった今、ひとは日々の暮らしのなかで感動体験を待っているに違いない。

もし、新幹線のアナウンスで、「本日の運転手○○はこの列車を最後に退職致します」なんてアナウンスがあったら・・・乗客がひとつになり、多くに感動を与えてあげられると思う。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

引退の日

2007.10.07

昔からプロ野球には全く関心が無かったが、6日の横浜-広島戦での佐々岡の引退試合での村田の流儀には、熱いものが込み上がた。

佐々岡の引退試合の登板で村田が前代未聞の本塁打。静まりかえったグランドを村田が泣きながら走り、「打って辛いのは生涯初めてだ」と語った。

引退する佐々木に花道を飾ってあげたい。しかし、佐々岡に対して敬意を証したいからこそ中途半端ではいけない。そんな心境だったと思う。田村のプロとして、そして人としての流儀に久々に感動をもらった。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

憧れ

2007.10.06

事務所の2階からは堀内公園が会社の庭の様に見渡せ、こども達を乗せて汽車がのんびり走る。

子供の頃にはまったNゲージ(鉄道模型)とブルートレインで知らぬ間に「隠れ鉄ちゃん」となっていた。

以前から公園を走る汽車の運転手のアルバイトが週一日だけでも出来ないか?と真剣に考えている。個人で軌道を敷いて特注の車両を購入すれば、数千万円は下らないだろう。アルバイトならお金をもらって自ら運転が出来る!これは鉄ちゃんにしか分からないかもしれないが、これはたまらない魅力である。

電車画像

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

オープンハウス

2007.10.02

昨日のオープンハウスは、雨天にも関わらず、多くのお客さまにお越し頂き心より感謝。

来場されたアメリカ人の旦那さんからメチャクチャに嬉しい話しを聞いた。「日本に来て13年になるけど、本物を初めて見ました。先日、ショーハウス(モデルハウスを)を見た後、本国のお母さんに安城建築のHPアドレスを教えてあげたら、お母さんも驚いて、お友達にもHPアドレスを教えているそうです」と話してくれた。

私がお手本にしている国の方に認めて頂いたということは、何とも形容し難いが、身震いするほど嬉しかった。「ワールドスタンダード」、世界の人々が見ても「美しくてなつかしい」そんな風に感じて頂ける家をこれからも造っていきたいと思う。

日本の自動車産業は、徹底的に欧米をお手本にし、いよいよ世界一になろうとしている。ここまで来るのに想像を絶する苦労があっただろう。

代わって日本の住宅産業は、欧米と比べて50年遅れているという。それは品質という面では無く、中古住宅となった時の価値を比較した場合の産業自体の貧しさである。一般的に新築購入時より高値で売買されることが当たり前とされる欧米の住宅と築15年もすれば土地の価値しか残らない日本の住宅。日本の家は、品質的には非常に優れているが、「こんな家なら暮らしてみたい」そんな風に思える家が非常に少ないと思う。例えば、横浜や神戸の異人館は古くても入場料を支払ってでも観たいという人が沢山居るという現象と同様のことが、欧米では一般住宅でも極普通におこっている。

U邸外観

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

デザイン

2007.10.02

今から20年前、世界トップクラスの住宅先進国である北米の住宅街を初めて見た。ため息をつく程に「どうしてこんなに美しいのだろう」と感じた。

帰国後、その事を日本の設計士に伝えると、「欧米は土地が広いからこんな風に出来る」と言った。しかし、暫くしてその答えは間違っていると確信した。

欧米の設計士の多くは、先人の設計士から受け継がれたデザイン様式をベースとしてそこに少しだけ自分のオリジナリティーを入れる。決して自己流の思いつきのデザインはしない。何故なら売却時にクライアントの財産を大幅に目減りさせてしまう恐れがあるからである。

日本の建築雑誌や家づくり雑誌に掲載されている建物の多くは、奇抜で10年も過ぎれば流行遅れになると予想される根拠の無いデザインの建物が殆どである。その理由として日本の建築士が世界に通用するデザインとその歴史を学んでいないからである。

又、他の要因として戦後の住宅難を解消する為、車の様に住宅をラインで大量に作るシステムに国も全面的に支援して来た。その結果、既に供給過剰となったがラインは可動し続けなければならず、その為、車の様に常に新商品を出し続け、物理的には十分使用可能な建物でもデザイン的に飽きが来ることとなり、消費者の建て替え欲求を煽り続けている。

もし、欲しい家があったとしたら築30年後を想像して欲しい。本当にその家にローンを払い続ける魅力があるか否かを考えてみては如何だろうか?

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

デザイン ②

2007.10.02

設計依頼の際、お客さんの要望を聞いて時折思うことがある。

それは、「可愛い家にしたい」という要望を言われた時である。確かに可愛い家は若い奥様には憧れであり、夢のマイホームをつくるなら、実現したいと思う気持ちは理解できる。

ただ、少し想像してみて欲しい。当然だがそこに暮らす人は歳を取って行く。例えば、あなたが60歳になった時、あなたはその家は似合っているのだろうか?可愛さを表現すると、時として中途半端になる場合がある為、我々も十分に吟味する必要である。

暮らす方が、心身共により美しく歳を重ねることが出来る家を残したいと私は考えています。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

カテゴリー

アーカイブ


モデルハウスのご案内