安城建築
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社長日記

月別アーカイブ:2008年4月

日本最古のモデルハウス

2008.04.27

弊社のモデルハウスがこの春で築12年を迎えた。一般的な住宅展示場のモデルハウスが築5年でミンチ(解体)されることを考えると、このモデルハウスは、おそらく日本最古のモデルハウスではないかと思う。

このモデルハウスは誰もが知る天才ジョッキーの家を設計したアメリカ在住日系3世の建築家によるものであり、本場の家に比べ少々小振りであるが、外観デザイン、オープンプランニングという開放的な間取りの設計は本場のものと同様である。

建築当時、このモデルハウスが日本の住宅の価値観を変えて行くことになると信じていた。

建築にあたり同業者からもお手本とする様な輸入住宅を造ろうと考え、上記建築家より腕利きの大工を紹介して頂いた。この時程、英語の勉強をしておけば良かったと痛切に感じたことはない。カタコトの英語とカタコトの日本語で体より頭が疲れたことも今でも覚えている。

このモデルハウスのプロジェクトは様々な想い出がある。

大工は4人のチームだったが、仕事が終わると毎日必ず少し離れた橋から腕組みをしながら自分たちの仕事の評価や明日の作業のミーティングをしていた。(写真のアングルは、彼らと同じ目線)

建築中、彼らと共にし、日本では築20年もすると家の資産価値がゼロになり、土地にしか価値がなくなる住宅事情を話した。

ボスのジェリーが言った。「俺たちの造ったこの家も同じと言うのか?」

私が「解らない・・・」と言うと、「絶対にそんなはずはない」とジェリーは言い切った。

あれから12年。ジェリーの言ったことは正しかった。

この実証から、今後安城建築は流行を追う家づくりは絶対にしないだろう。お施主さんの未来の為にも。自分たちの為にも。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

少女の夢

2008.04.26

中学生の少女が暮らす街にとても素敵な家があったそうです。犬の散歩でこの家の近くを通る度、「どんなひとが住んでいるのだろう?私もいつか結婚したらこんな家に暮らしたい・・・」そう思ったそうです。

それから十数年、少女は大人になり結婚し家族を築いた。

少女の憧れていた家は嬉しいことに私たちがつくった家だった。

そして今、夢の実現のお手伝いをさせて頂いている。幸せになる家をつくりたいと思う。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

借りたくなる家

2008.04.26

家を建てる際、将来家を手放し売却したり、貸すことを考えて建てる方は少ない。

現在全国で約660万戸、住宅全体の12%が空き家となっている。

人生には様々なアクシデントや予想もしえなかったことが起こる場合がある。もし、建てた家が購入価格に近い価格で売却できたり、周囲の賃貸物件より高値で貸したり出来れば人生の幅が広がり、少し気楽に歩いて行けると思う。

家を建てる理由は十人十色であるが、最終的には、幸せな人生を送る為。

将来誰もが「こんな素敵な家なら暮らしてみたい」と思える家をつくることが家の価値を持続することとなる、それは工務店の使命だと思う。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

17年後

2008.04.25

2025年、リニアの開通予定の年である。

4年前になるが、幸運にも家族でリニアに試乗する機会に恵まれた。

多分、家族の中で一番ワクワクしていたのは私だったと思う。

試乗の前に開発の経緯や技術について解説を聞いた。
スタッフの多くが自分たちの仕事を誇らしく思っている、そんな感じが伝わってきた。

いよいよ乗車。座席は横に4席で車内は500系のぞみの様に丸く、のぞみを少々小ぶりにした感じだったと思う。窓は超高速に耐えうる様に航空機並でかなり小さい。(因みにシートベルトはない)

窓際に座りたいのをグッと押さえ、息子に窓際席を譲りシートに座った。満席状態で出発。

発車直後から時速100キロまでの乗り心地を例えるなら、タイヤの車輪で走る地球博のリニモの様な感じだろうか。少々軌道の凹凸をタイヤが拾いゴツゴツした乗り心地である。「へ〜っ」リニアってそうなんだ〜と思ったのも束の間。時速100キロを超えた頃、瞬間的に車体が「ふわっ」っと宙に浮いた。それからの加速は凄い!飛行機が離陸する程のGはさほどではないが、しかし、如何に加速が凄いかは目にも止まらぬ速さで上昇していくデジタル速度計を見て感じることが出来る。あっという間に最高時速は450キロ。乗り心地は、のぞみとさほど変わらなく全く恐怖感はない。トンネルが多く速度を相対するものがほとんど無く、その速さを目で実感するのは、乗車した駅周辺の高架部分を走行するを通過するほんの一瞬だったと思う。

全線開通すれば、名古屋→東京の所要時間は40分。17年後、ドラえもんのどこでもドアが現実となる。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

気付き

2008.04.22

日曜日、私の師匠である建築家の渋谷先生とゆっくりと話しをする機会に恵まれた。

最近他社にデザインを真似されるケースが多く、不満に思うと渋谷先生に伝えると、

渋谷先生は少し微笑みながらこう答えてくれた。

「真似た業者にとやかく言う間があったら、もっと先に行くことが私たちのやるべきことではないのでしょうか?」

「少なくとも現状、安城さんらしさは発揮されており、関東でも時々、愛知の安城にしっかりした輸入住宅をつくる工務店があると聞きます。真似されることは名誉であると考えて下さい。近隣の同業者に教えるくらいのお気持ちでいては如何でしょうか?」といわれた。

確かに、真似する側も他社の真似は真意では無く、設計者も造り手もプライドを捨てなければ早々出来るものではない。しかも、その家を見る度に一生思い続けることだろう。それを覚悟で真似る。同業者が認めることを思えば、確かに渋谷先生の言う通りかもしれない。

弊社のモデルハウスが完成した12年前。完成式典に輸入住宅の父と言われる戸谷英世先生をお招きした。先生のスピーチの中で、「このレベルの輸入住宅を安城建築がつくったことにより、この地域の住宅レベルは格段に向上することとなるでしょう」と言われたことを思い出した。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

住宅展示場での風景

2008.04.21

住宅展示場でモデルハウスがミンチ(解体)されていた。通常、住宅展示場の寿命は5年。勿論、耐用年数が5年の住宅ではない。その最大の理由は、流行遅れのデザインとなってしまい、来場者数が減少してしまうからである。

時代はエコ。「地球環境に優しい建築資材を使用しています・・・」と住宅メーカーは言うけれど、築5年で流行遅れとなり価値無くなる家が本当に地球環境に優しい家と言えるのだろうか?

ユーザーには物質的なことをエコにすれば、地球環境に優しいと刷り込んでいるが、「愛着が湧き長く暮らしたいと思える」そんな住宅の方がエコではなかろうか?

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

輸入住宅の現場監督

2008.04.15

現場監督と言っても様々な専門分野の現場監督がいる。弊社の現場監督は住宅の現場監督に類するが、取り分け輸入住宅や西洋住宅の現場監督は、この分野の建築に対しての好奇心を持った人でなければなかなか設計士の意図を組み入れながら、造り込むことが出来ない。

逆に言えば好きならば、短期間でそのスキルを身につけることも充分に可能である。

以前、大手スーパーゼネコンのテレビコマーシャルで、「地図に残る仕事」という名キャッチがあった。スケール的には比べ物にならないが、自分たちの仕事もそれに近いものがあると思っている。その証拠に輸入住宅のルーツでもある神戸や横浜の異人館も時を経て人々を魅了し続けている。

地図にこそ残りはしないけれども、数十年後、保存活動が起こるそんな家づくりをしたい。家づくりで保存活動が起こる・・・莫大な資金を投入すれば可能かもしれないが、通常の建築費でそれを可能にすることができるのは、輸入住宅や西洋住宅の他私は思い付かない。

自分が携わった現場が孫の時代まで残る仕事はそうそうあるまい。そう言った理由から輸入住宅、西洋建築の現場監督はとてもやりがいのある仕事でもあると思う。

以前、明治時代の擬様建築をモデリングし住宅をつくった経緯がある。完成した建物を見た老人が「とても懐かしい」と言った。この一言は実に仕事冥利に尽きた。

現在、安城建築では、上記の様な住宅を共につくる仲間を募集しています。輸入住宅の現場監督とハウスアドバイザー(訪問販売は一切なし)を各1名。興味のある方は専務の浅井までお気軽に連絡下さい。輸入住宅の施工経験がない方でも好奇心旺盛の方でしたら全く問題はないと思います。弊社では輸入住宅を熟知した現場監督がコーチングしていますのでご安心下さい。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

街の財産となる家

2008.04.14

刈谷市にて建築中で間もなく完成。比較的シンプルだが、弊社の建築思想である「何処と無く懐かしさを感じる家」が実現できた。どんなに時代が移り変っても、この家は流行後れになることはないだろう。その理由は、実にシンプル。100年以上も前から世界の人々から美しいと感じたデザインをモデリングしているからである。100年以上愛されたデザインは100年後も愛されるからである。海外の不変的で美しい町並みは、不変的なデザインの建築の集合体によって形成されている。不変的な建築、それが本当の意味での「街の財産となる家」だと私は思う。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

日本のオープンな間取りと北米のオープンな間取りとの違い

2008.04.12

日本でも近年家族のコミュニケーションを育む間取りとして、北米のオープンな間取りから学び、階段をリビングに設け、リビングやキッチンをオープンにする間取りが採用されるケースが多くなっている。(北米ではこの様な設計手法をオープンプランニングという)

日本のオープンプランニングと北米のオープンプランニングは少々違う。日本のオープンプランニングは「バ〜ン」と広い空間を設けることにより、オープンで家族の顔が見える開放的な間取りと説明されている。

一方、北米のオープンプランニングは、例えて言うなら高級ホテルのロビーの様だと思う。オープンであるが腰壁や家具、観葉植物により、開放的でありながら隣のお客さんとは程よく区画され節度を持たせてある。

これを住宅のオープンプランニングに当てはめると、リビング・階段・ダイニング・キッチンは一見連続したひとつの空間に見えるが、アーチの垂れ壁や構造的に不必要だが、あえて化粧柱を設けたりし、建築工事でも各部屋に節度を持たせることが出来る。

そして劇的に魅力的な空間へと変身させてしまうのは、建築工事後のインテリアコーディネートやインテリアデコレーションである。能力の高いコーディネーターの場合、高級ホテルの様に招かれる方も豊かさを感じるオープンプランニングを実現することができる。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

家づくりがいい想い出に変わる時

2008.04.09

先日の見学会でお会いしたOBのお客様から「家づくりが楽しかった」と言われた。家をつくるには皆さん同様に様々な苦難を乗り越えて家づくりをされる。にも関わらず、「家づくりが楽しかった」という生の声には意外だった。見学会の合間であり、じっくりとお話しをお聞きすることが出来なかった為、またお会いした際には詳しくお聞きしたいと思う。

多分、携わった職人やスタッフたちとの関わりや共に創り上げて来たという達成感かもしれない。それが結果的に苦難を上回ったのでは?と思う。

昨今、1日で家が建つ時代でもあるが、とてももったいないと思う。造り手たちとの触れ合いがやがて、生涯忘れることのない想い出に変わることもあるからである。

弊社ハウスアドバイザーが時折こんなことを言う。

「専務、営業窓口会社(工事を下請けに全て任せる会社)が多くなっている中、安城建築だけは地域施工工務店として自分たちの手で造っていきたですね」と。

確かに営業窓口会社にして工事を丸投げすれば、数はこなせる。しかし、それでは造り手としてのこだわりや造り込み、喜びに欠ける。このOBのお客様も、いつものチームと職人で施工工務店として自分たちの手で造ったことが結果的にお客様のいい想い出に繋がったのでは感じた。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

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