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社長日記

月別アーカイブ:2009年1月

富士ハウス倒産

2009.01.31

積水ハウス栗東工場の閉鎖に続き、富士ハウスの倒産。いよいよ住宅の大量生産大量消費の時代に終わりが近づいて来た。

大手住宅メーカーの営業マンは口を揃えて、「工務店さんはいつ潰れるか分かりませんからね~」と大手の優位性を唱えて来た。建築中のユーザーの行方がとても気になる。

今までは、大手ハウスメーカー=簡単に安心に家づくりが出来るという認識があった。しかし、昨今ユーザーとの会話の中で、お金を大切に使いたいと考えるユーザーが多く、割高な大手住宅メーカーの家を敬遠し始めて来ているという実感がある。それに加え、今回のニュースにより、安心感までもが崩れたと感じる。

これからの時代ユーザーの方には、家づくりを他人任せにせず、自ら学習されることをお勧めしたい。学習される方、されない方の満足度はこの先更に大きく開いてくると思う。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

安城建築が外壁材にラップサイディングをお勧めする理由

2009.01.30

理由は至ってシンプル。その家に暮らすユーザーが長期的に得をする為である。

先日、数十年前に弊社で建てられたOBのお客様より、リフォームの依頼があった。準防火地域(火事になると延焼しやすい地域)に属し、その当時は防火サイディングという防火建材が無かった為、外壁にはモルタルが塗られているタイプの家である。

数十年前のサッシの為、既に雨戸の開閉もスムースで無くなり、結露も酷かった為、断熱サッシへの取替えを希望された。

しかし、外壁にモルタルを塗り込んである為、サッシの取替えにあたり、外壁のモルタルそのものを剥がし落とさなければサッシを取り外すことが出来ない。一方サイディングの場合、サイディング周りの枠材を外すだけで比較的容易にサッシ交換が可能となり、単純に比較した場合、費用が数倍安くなる。

昨今、ブームが下火となった塗り壁の家(モルタル下地の家)も上記と同様のことが言え、将来的にサッシ1本を取り替える場合でも、サッシ廻りの補修だけでは色ムラがはっきり分かってしまい、一般的にそのサッシを取り替える外壁面、1面全てを塗装し直さなければならなくなってしまう。

明治村に残る多くの西洋建築の外壁には、ラップサイディングが使用されている訳も、上記の理由からである。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

「家族の絆」

2009.01.25

安城建築のミッションでもある「家族の絆」。どうしてこれをミッションに掲げたかの理由はこれまでお話ししたことは余り無かったと思う。

幼い頃、両親はとても忙しく、私は曾お婆さんといつも一緒だった。しかし、保育園に入園し暫くすると曾お婆さんは他界した。何とも形容しがたい空虚感。寂しさを紛らわす為か、物に対する愛着感は人並み以上になっていったと思う。

もう二度と使うことの無い物が捨てられない。あなたはこんな経験をしたことがないだろうか?その物を捨てることにより、想い出までも捨て去るそんな気持ちとなったことを。

私はそれが極端だったと思う。自分と一緒に生活をしていた物たちが捨てられなかった。おそらく、曾お婆さんが他界した後、共に悲しみや喜びを共有してきた仲間であり、それを捨てると言うことは、まさしく自分の過去を消されてしまうかの様に思えた。

その為、私は大掃除が大嫌いだった。大掃除になる度、私の過去を消されていくことがとても悲しく、市の危険物に出された物たちを親の目を盗みこっそりと回収し、倉庫の奥に隠し続けた。

それから数十年。私の結論として人は「物質的要因」だけでは満たされないと確信している。

皆様と共有出来る話しとして以前この日記でも少し触れたが、911のテロが最も象徴的な出来事だったと思う。世界貿易センタービル通称ワールドトレードセンタービル。ここで働く人々はエリート中のエリートであり、多くの人々から憧れる仕事と収入を得ていた。そしてここで働くことは人生の成功者の証でもあった。勿論、ここで働く人々の華族もそう感じていたに違いない。

しかし、あのテロによってその考えも崩れ去った。人間としての本当の豊かさとは分かち合いや共感であり、心の充足である。そこには常に「ひと」がいた。心の充足にはひととの関わりが無くてはならないのである。残された遺族もそれを確信したのである。

安城建築のつくる家は物である。しかし、その家づくりを工夫することにより、ひとの感性に響くものとなり、そこに暮らす人と人を結びつけやすく、時には家自体が家族の求心力とする工夫も可能となる。それが安城建築の役目だと私は考えている。

「どんな暮らしをしたいですか?」という質問を長く続けていくと多くの人たちは「家族全員が笑って暮らせ、家族が幸せになる暮らし」に行き着く。

宣伝広告のキャッチコピーだけでは無く、私たちの取り組みから家づくりに渡り、全てをこの部分に結び付けていく必要がある。その為に安城建築では「家族の絆」をミッションに掲げている。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

昭和四年

2009.01.23

昭和四年。安城建築の源流、創業者である私のお爺さんが建築を始めた年である。(安城建築の会社登記は昭和23年)

歴史を見ると昭和四年といえば、昭和大恐慌に突入した年である。

その時から今年で80年。

以前、私の師に尋ねたことがある。「昭和の恐慌を乗り越えた会社はどんな会社だったのでしょうか?」と。

その問いにこう答えられた。「本業だけをまじめにコツコツとやり、消費者が無くては困ると思われた会社です」と言われた。

この時代に創業者の孫である私がいる。その意味を時折自分に問う。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

間もなく地元安城で完成

2009.01.23

昨年から再び地元安城での施工物件が増えている。
間もなく完成するクラフツマンスタイルのS様邸。S様ご家族はディズニーをこよなく愛し、昨年末、ディズニーの縫いぐるみを抱えた可愛い息子さんからディズニーのお土産を頂いた。(とても嬉しい)

息子さんの通園バスのルートには、弊社が建築した家があり、奥様曰く息子さんが「今日は洗濯物が干してあった!」と報告してくれているという。又、現在弊社が建築中の現場の前も通り、「今日は大工さんが居たよ!」と同じ様にお母さんに報告してくれているという。デザインに対する子供の感性は極めて鋭く正直だと言える。子供たちから「お城みたい!」と言われると、実に嬉しい。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

祝オバマ新大統領

2009.01.22

10年ほど前だろうか、一度だけワシントンDCを訪れたことがある。リンカーン記念堂の前に広がる広場はとんでもなく広かったことを覚えている。その広場を埋め尽くす人々。

オバマの演説中に涙している女性もいた。

日本の人々はあの光景をどう感じたのだろうか?

リンカーン記念堂周辺には様々なミュージアムがあり、全てのミュージアムが無料開放され、観光客である私ですらアメリカの偉大さや誇りを感じた。ミュージアムの中にはドイツの強制収容所のホロコーストミュージアムもあった。

以前、この日記で少し書いたと思う「夜と霧」。
想像を遥かに超える生死の狭間の中、強制収容所で生き延びた人々の共通点は「夢と希望」を抱き続けたことだった。

オバマ新大統領の演説は、「更なる愛国心」と「夢や希望」により人々の心に再び火を燈したと思う。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

「男と女」

2009.01.21

先日NHKで「男と女」という番組を放映していた。解説によると男女の違いは我々の祖先と密接な関係があるという。

遥か大昔。我々の祖先は生きて行く為に男は狩に、女は男の留守中、女同士で村の留守番を任されていた。

狩り中の男は常に猛獣に襲われる危険と隣り合わせの為、刻々と変わる状況に瞬時に判断(答え)を出さなければならなかった。その為、男は「問題解決型」となってしまったらしい。

代わって女性は、男の留守中、女同士で過ごす為、「協調性や共感」を重んじるようになったらしい。

もし、奥さんや彼女から、「今日会社で○○さんがこんな冷たいことを私に言ったのよ~!」と言われたとします。その問い掛けに「だったらこうしたら?」は×。

「そんなこと言われたら傷付くよね」と女性は言って欲しいのです。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

積水ハウス工場閉鎖に思うこと

2009.01.19

ハウスメーカーの大御所、積水ハウスの滋賀工場が3月末に閉鎖することが決まった。

自動車産業に続き、住宅産業もかつて経験したことが無い大きな転機を迎えていると実感する。下請けのスタッフから各大手住宅メーカーの深刻な苦戦状況を聞いていたが、これほど早いとは・・・と驚いた。

戦後の焼け野原から、需要に対応すべく巨大化した日本の大手住宅メーカーだが、需要と供給のバランスが崩れ、ライン生産化により、ユーザーの趣向の多様化に対応することが事実上不可能になったと思う。

ライン化された住宅産業は、エコを唱えながらもモデルチェンジを繰り返し、スクラップ&ビルドを繰り返してきた(生産ラインを止めることができない為)。この矛盾に終止符を打つことになる。

20年程前、私はシアトル・バンクーバーのホームビルダー(工務店)を視察して廻った。大規模住宅地開発会社こそ存在したが、日本の様に住宅を工場で大量に生産する様なハウスメーカーは全く存在していなかった。

日本では「工務店=お値打ちでいい仕事はするが、センスが悪い」という様なイメージがある。しかし、訪問した先の小さな地域ホームビルダーの造る住宅のレベルの高さに驚嘆した。

日本の大手ハウスメーカーのモデルハウス(坪単価100万は越える)と比較しても全く比較にならない程、彼らの造るカスタムハウス(注文住宅)は惚れ惚れするほど美しく、丁重に造り込まれていた。訪問したビルダーは皆、共通して、自分たちの造る家をとても誇らしげに説明してくれたことを覚えている。

腰にスケール(メジャー)をぶら下げ、ジーンズにTシャツ姿で大型ピックアップに乗り、誇らしげに働くビルダーはメチャクチャに格好よく、私の憧れとなった。

我々安城建築の使命として、大手ハウスメーカーに造ることの出来ない、時を経ても美しく、ノスタルジーを感じる家をつくり続け、明治・昭和の頃の様な美しい街並みを再び日本に広げて行きたいと思う。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

妻から聞いた話し

2009.01.18

14年前の昨夜(1月16日)、小学6年生の少年は筆箱の鉛筆を削り、宿題だった日記を終え、ランドセルに詰め込み眠りに就いた。

宿題の日記には、翌日(17日)の夜、家族皆で食べる為のカレーの仕度をした様子が描かれていたという。

17日午前5時46分。阪神淡路大震災発生。少年は目覚めることは無かった。

私には家族の悲しみの大きさは想像すらできない。悲しみを乗り越える為にはとても長く辛い時間を要したと思う。

あれから8年、家族に新しい命(弟)が誕生し、その弟が今年小学校に入学。弟の背中にはお兄ちゃんのランドセルが背負われていた。

毎年、1月17日の夜はお兄ちゃんも一緒の「カレーの日」となっているという。

子供に対して少々口うるさい私には、この家族から

「生きているだけで充分でしょ。それ以上何を望むの?」

そう問われている様な気持ちになった。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

全館空調(セントラルヒーティング)

2009.01.12

弊社で建てられたお客様の知人の方が新築の際、全館空調システムの家を建て(他社で)空調の効きの悪さにより、折角のオープンな間取りを仕切る工事をされたと聞いた。

そのお客様も「家族の顔が見えるオープンな間取りの家」の実現をする為に全館空調を採用されたかと思う。その全館空調が効かないでは納得し難いに違いない。

全館空調システムを採用するにあたり、様々な準備計画及び現場監督と空調職人の施工技術が必要であり、その部分が伴わなければ、机上論による機械そのものの性能を発揮することはありえない。

弊社のモデルハウス・事務所にも採用し、私自身の家も9年程前に全館空調システムを導入し、実際に暮らしてみて様々な改良点を発見した。その改善点を現在の家づくりに反映している。(実際に弊社の施工実績の多さから、全館空調メーカーデンソーエースの技術者メンバーが弊社に度々改良点のヒアリングに訪れている)

施工実績も少なく、全館空調の家を体感したことが無い施工者が全館空調の家を施工すれば、不具合の可能性は高くなるのは当然のことかもしれない。注文住宅の場合、ひとつとして同じ家は無い。その為、メーカーの施工マニュアル+αの職人業が求められる。現場監督や施工者の経験数と技術が絶対条件だと私は思う。

創業昭和四年 安城建築 浅井宏充

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